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歩行瞑想

玄侑宗久の本の中に歩行瞑想のやり方が説明してあったのです、まとめて紹介します。「歩行瞑想」歩く場所を決める。距離は6メートル~10メートル。そこを往復歩行。往復にするのは、目的地に行くという「思」から解放されるため。どうしても、目的地があると、途中という感じになり、今に対する集中力が低下するため。この歩行の目的は歩くことそのものにある。つまり、その歩行中の身体感覚を「今。ここ」として、詳細に味わうことにあるのだ。一日何分かずつでも、継続できれば、感覚はとぎすまされていく。歩く感覚を味わうというのは、最初はどうしていいかわからない。「空」を感じるために、「色」を利用するということだ。「空」とは、常に流動している状態。「色」とは。流動している中のある一点をストップモーションや残像として認識すること。では、具体的にどうやってそれを実践していくかというと、まず、「大地を踏む、踏む、踏む」と念じる。意識をその接地したときの感覚に集中していく。次に「足を上げる、踏む、上げる、踏む・・」ゆっくり歩きながら、足を上げる感じと、地面を踏んでいる感じを味わう。次に上げる動作と踏む動作の間の重心の移動も意識する。「足を上げる、重心を移動する、踏む。」ちょっと、これでは言いにくいので、重心は足の裏の内側を移動していく感じにして、それを「しめる」と表現する。最終形は「上げる、踏み、しめる、あげる、踏み、しめる。」となる。注意点としては、言葉が実感を上回らないようにする。次第に言葉を頭から消していくことを心がけていく。「色」は手がかりであり、味わうのは「空」だからだ。重心は「かかと」→「つちふまず」→「親指の先」と移っていく感覚を実感するようにする。両手に関しては、みぞおちで組んだ方がよい。あるいは、ダランとする。ウオーキングのように手を振ると、ねじれによる身体疲労を伴ってしまう。途中で歩行への意識がはずれ、考え事、見えるもの、聞こえるものに意識が向かうことがあるが、それを確認した後、また歩行に意識を戻していく。本格的に見たい、聞きたい、という場合はいったん歩行をやめて、じっくりとそれを済ませ、歩行瞑想に戻る。日常の歩行を、すべてこのようにするのは不可能なので、ふだんは意識をからだの中心である丹田の中心部に置くだけで、歩きいたり、物を持ったりしている。